なぜあの温泉地が、草津・有馬を超える復活を遂げたのか
「正直、下呂って何が特別なんだ？」—2024年、100万人超の宿泊客を記録し、「世界の持続可能な観光地トップ100選」に選ばれた下呂温泉 。しかし数年前まで、多くの観光客が抱いていたのはこんな疑問だった。草津や有馬と肩を並べる「日本三名泉」と呼ばれながら、その理由が見えない温泉地。そんな下呂温泉が、なぜ今、注目を集めているのか。
危機が暴いた「50年の蓄積」という隠し球
答えは2020年のコロナ禍にあった 。4-7月の宿泊数が前年比75%減という壊滅的状況に陥った時、下呂温泉が頼ったのは意外なものだった—1970年代から地域で蓄積してきた宿泊者データベースである 。
他の温泉地が個別に情報を抱え込む中、下呂温泉は月1回の定例会議でプロモーション効果を50年以上検証し続けてきた 。この地道な取り組みが、危機の瞬間に真価を発揮する。データ分析により「平日に動く顧客層」を特定し、その層に強いエージェントに集中アプローチした結果、2022年5月には2019年比約9割まで回復を果たした 。インバウンドゼロの状況下で、である。
「温泉地の常識」を覆した段階的戦略
注目すべきは、下呂温泉が短期的な話題作りに走らなかった点だ 。2020年10事業から開始し、翌年15事業、2022年20事業と、データに基づき実行可能な範囲で施策を拡大していく 。
この慎重さの背景にあるのが、県や国との連携による20年スパンの長期戦略である 。「バズを狙って終わり」ではなく、持続可能な地域経営を目指す姿勢が、「世界の持続可能な観光地100選」という国際的評価につながった 。
「温泉＋α」で仕掛けた価値転換の罠
2017年から本格化した戦略は、さらに巧妙だった 。従来の「温泉に浸かって終わり」というモデルを捨て、滝めぐりや酒蔵見学などの体験プログラムを開発。QRコードを活用したデジタル予約システムで、温泉街から下呂市全体への周遊を誘導した 。
つまり、「温泉地」から「体験型観光地」への転換である。滞在時間の延長と消費単価向上を同時に実現する、計算し尽くされたシナリオだった 。
成功を支えた「3つの非常識」
競合同士のデータ共有
通常なら企業秘密とするデータを、50年間地域全体で共有し続ける文化 。
短期成果の無視
目先の利益より20年後を見据えた継続的投資を重視する経営判断 。
既存ブランドの解体
「三名泉」という看板に安住せず、時代に合わせて価値を再定義する勇気 。
他業界が注目する「下呂モデル」
この事例が示すのは、レガシー産業のDX成功パターンだ 。伝統的な強みを捨てることなく、データとデジタルで新しい価値を創造する。商店街活性化や産業クラスター形成でも応用可能なモデルである。
次なる野望—観光を超えた地域戦略
現在、下呂温泉は移住・定住促進やAI技術導入を検討している 。観光客の一時的誘致から、長期的な地域活性化へ。2025年9月出版の書籍「旅行客を惹きつける観光改革 下呂温泉 価値創出プロジェクト」では、この壮大な実験の全貌が明かされる 。
「違和感」の正体とは何だったのか
数年前に感じた「なんで下呂が三名泉？」という疑問。その答えは、まさに変革の過渡期だったからかもしれない。データに基づく地道な改革は水面下で進んでいたが、観光客の体験として表に現れるまでに時間を要したのだ。
伝統ブランドに甘えることなく、時代に合わせて価値を再定義し続ける執念。それが結実したのが、2024年の100万人超達成だった 。「温泉地からの脱却」を掲げた下呂温泉の挑戦は、ついに花開いたのである 。
参照サイト・資料
- 旅行客を惹きつける観光改革 下呂温泉 価値創出プロジェクト（幻冬舎）発刊 – 旅行新聞
- 下呂温泉観光協会が通常総会 団体客誘致やAI導入を推進 – 観光経済新聞
- 社団法人下呂観光協会 公式サイト
- 瀧康洋著「旅行客を惹きつける観光改革 下呂温泉 価値創出プロジェクト」（幻冬舎、2025年9月）